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「風は南から あなたが主役 情けあふれる 奄美県体」のスローガンの下,奄美群島日本復帰50周年記念第57回県民体育大会=潮音(しおのと)県体が11月1日から3日間,奄美群島各地で行われた。
本町でも弓道と男子ソフトボール競技に熱戦が繰り広げられ,両種目とも肝属郡が優勝した。
総合成績では大島は鹿児島にわずか1.35差と肉薄。悲願の優勝はならなかったものの総合2位に大躍進し,復帰50周年の記念の大会に花を添えた。
「広報きかい」記事1 「広報きかい」記事2
第16回早町地区スローピッチソフトボール大会が10月26日,志戸桶グランドで行われた。
年に一度の親睦大会とあって,この日は各集落から10チームが参加。
グラウンドには歓声と笑い声が響き渡った。
優勝は塩道集落,準優勝は地元志戸桶東だった。各集落とも反省会は珍プレーや好プレーを肴に大いに盛り上がったという。
「広報きかい」記事
昭和18年生の百之台会還暦全国同窓会が10月11日,全国から190人が参加して町内のホテルで盛大に行われた。
「還暦同窓会は喜界島で」が恒例となっており,毎年町民体育祭の前日に開催されている。
同窓会一行は島内観光や町民体育祭に参加,懐かしい島の光景を目に焼き付けるとともに,先輩後輩との再会も果たし,思い出を胸にそれぞれ島を離れた。
「広報きかい」記事
奄美群島日本復帰50周年記念,第41回町民体育大会が10月12日総合グランドで行われ,17の競技に熱戦が繰り広げられた。
今年のAブロックは圧倒的な強さで上嘉鉄校区が優勝,5連覇を達成。Bブロックは坂嶺校区が優勝,美酒を味わった。
「50年前の私達」と題して復帰当時を再現した仮装行列では,湾B(赤連・池治)が優勝を果たした
「広報きかい」記事 スナップ1 スナップ2
毎年9月23日前後1週間ぐらい,喜界島にある集落それぞれで9月遊びが行われる
ここでは広報きかいからスナップ写真集を紹介する
「広報きかい」スナップ
小野津集落では毎年,旧暦の8月15日,五穀豊穣を願う十五夜祭りが行われる。 今年も子ども達が元気に綱を引き合い,大人達は島唄・三味線・太鼓の音色に包まれながら,月見を楽しんだ
「広報きかい」スナップ
9月7日,喜界島にある小・中・高・幼のトップを切り喜界高校の体育祭が挙行された
この週を皮切りに喜界島においては翌週中学校,3週と4週が小学校と体育大会(運動会)が行われる
3年生にとっては最後の体育大会で,応援や徒競走に盛り上がった
「広報きかい」スナップ
旧暦7月13日から3日間,島中から若者が集まり午後8時から午前0時過ぎまで踊りまくった
記事詳細−−広報きかい
*記事内容については(広報きかい)さんにお世話になってます
スナップ写真−−「広報きかい」から
敷地面積は現在の約7倍−−詳細「広報きかい」9月号から
平面図の詳細−−「広報きかい」9月号から
*記事内容については(広報きかい)さんにお世話になってます
ふるさと応援歌「ふるさとは喜界」「四十路の青春」で島興しを企画する平邦範さん(伊実久出身),吉野光さん(志戸桶出身),吉久男さんの3人が5月9日,須賀龍郎鹿児島県知事を表敬訪問した
10分の約束が30分に延びるほど話が弾んだという。関連記事
(広報きかい6月号)
大島地区合併推進準備協議会の市町村長会議が6月2日,名瀬市奄美文化会館であり,龍郷町・瀬戸内町・宇検村が法定協議会への不参加を表明した
喜界町長はそれを受けて記庁後の5日「八市町村の枠組みが崩れた。今後は行財政改革にエネルギーを」と議会全員協議会に報告,大多数の議員が了承した。
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(広報きかい6月号)
第4回民謡民舞少年少女奄美連合大会が3月29日,名瀬市で行われ森岡さん(12歳・坂嶺)が最優秀賞を受賞全国大会の切符を手に入れた。
また,中学生の部で大山結奈ちゃんが優勝するなど安田民謡教室生が多数入賞する活躍を見せた。また,翌日の奄美シマ唄日本一大会では青年の部一位の牧岡奈美さんがグランプリとシマ唄大賞をダブル受賞した。
(広報きかい4月号)
今年3月に早町中学校を定年退職した中島洋一郎さん(隼人町在住)が退職時にお世話になった早町中にグランドピアノを寄贈した
「以前から最後の学校に何か残したい」と考えていた中島さんは,早町中赴任直後のある日同僚が「そろそろ新しいピアノが欲しいな」といったところ「定年まで早町中にいたら私がプレゼントしますよ。」中島さんは約束通りグランドピアノを学校に寄贈した。
卒業式の前日には在校生にお披露目が行われ生徒達は感謝を込めて「出発の日」を歌った。また,卒業式でも全校生徒や保護者に報告され,町からも感謝状が贈られた。 (広報きかい4月号)
志戸桶小学校の特別棟校舎落成式が3月14日,同校体育館で行われ多くの来賓・校区民が参列して新校舎の落成を祝った
総工費は2億3,518万6千円で昨年8月に着工し2月に完成した。1階に理科室や家庭科室,保健室,特殊教室などを2階に音楽室・パソコン室・図工室を設置した。
(広報きあき4月号)
喜界町立阿伝小学校が11月17日,同じく滝川小学校が10月27日に創立100周年記念式典を行った
両校とも「小規模校入学特別認可校の制度を取り入れており,平教育長がその辺の経過も含めて挨拶した。
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(広報きかい 2002,12月号)
第37回島内一週駅伝競争大会(32.08km,15区間)が11月24日,役場前を発着点に行われ,上嘉鉄Aが1時間56分8秒の大会新記録で優勝した。上嘉鉄Aは2区でトップに立つと終始安定した走りを見せ, 6区間で区間賞を獲得するなど独走,2年連続で優勝旗を手にした。2位には湾Aが入った。Bブロックは,湾Bが4区間で区間賞,総合でも3位に入り優勝。1年でAクラス入りを果たした 大会では3人が区間新記録を樹立するなどハイレベルのレースが展開された。
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広報きかい記録記事
(広報きかい 2002,12月号)
安田民謡教室の35周年イベントが10月11日,町体育館で行われ1000人を超す観客が詰めかけた。舞台には奄美を代表する唄者が次々に登場,観客はめったに見られない唄者の競演に酔いしれた。
安田さんは大勢訪れた観客や出演者,裏方に感謝するとともに,「民謡の保存と子ども達の成長のために,足腰の立つ限りがんばりたい」と,後継者育成と島唄への愛着を見せた
(広報きかい 2002,11月号)
第一中学校の駅伝部は10月17日,笠利町赤木名中学校グランドを発着点に行われた奄美大島中学校駅伝競走大会で,14年ぶり五回目の優勝を飾った。
大会は23チームが参加し6区間23キロで行われ2位の城ヶ丘中学校に37秒の差をつけ1時間8分53秒の大会新記録で優勝した。選手対置は野球部を引退した3年生が中心で
本格的に練習を始めたのは夏休みに入ってから。伸び盛りの選手達は11月6日指宿市で行われた県大会でも41チーム中14位と健闘を見せた。
(広報きかい 2002,11月号)
02年10月13日済んだ青空の下,第40回記念町民体育大会が催された
Bブロックは坂嶺校区が優勝
(広報きかいの掲載記事)
(広報きかいのスナップ写真)
第21回喜界町夏祭り(夏祭り協賛会主催)が8月3・4の両日,湾漁港をメーン会場に盛大に開かれた。
7月の相次ぐ台風接近で天候が心配されたが,両日とも真夏のまぶしい日差しが照りつけ,絶好の夏祭り日和となった。
初日の相撲大会を皮切りに歩行者天国,フネィンカー競争,演芸,花火大会と二日間にわたって大勢の町民が真夏の祭典を楽しんだ。
(広報きかい 2002,8月号)
「奄美には数多くのカンキツが存在し,その中でも喜界島は最もカンキツと人々の生活が密着している。花良治ミカン
ほどすばらしい品種はない」と山本助教授は語り,「早熟性・芳香・無核性(無種)」など優れた特性を挙げ,「花良治ミカンを
「後世に残さなければならない貴重な遺伝資源」と位置づける。そして「先祖から伝えられた島の文化遺産といえる。これらを
後世に伝えていく義務がある」と訴えた。
(広報きかい 2002,8月号)
特別養護老人ホーム喜界園の開園記念運動会が5月31日,同園ホールで行われた。 あいにくの天候で昨年に続き室内での運動会となったが,入園者らは応援に訪れた家族とともに楽しいひとときを過ごした。
桜井義雄延長は入園者の近況等を報告し「入園者にとって家族の訪問に勝る喜びはない。今日一日を大いに楽しんで」とあいさつ。 また,加藤啓雄町長も「今日の喜界町があるのも,戦後の苦しい時代を支えた先輩方のおかげ」と感謝を述べ苦労をねぎらった。
(広報きかい 2002,6月号)
志戸桶小学校・幼稚園(児童51人・園児19人)の大運動会が5月13日同校で行われた。 志戸桶小学校は校舎の改築があるため,前倒しして一足早い大運動会。日曜の予定が雨で順延となりこの日の開催となった。 前日とうってかわった快晴となった当日は汗ばむような陽気。児童や園児,保護者も汗を拭きながら一生懸命に競技に取り組んだ。
(広報きかい 2002,6月号)
造園業を営む小野津の若松美雄さんのハウス(湾)で甘いパイナップルが実をつけた。
若松さんは夫婦で琉球大学教授らからアドバイスを受けるなどパイナップル栽培の試行錯誤を重ね,昨年から無農薬の養液栽培という方法で栽培,今年から本格的に出荷を始めた。
パイナップルは糖度が高く18度から20度。皮の近くまで甘さがのり香りもいい。集荷場にはパイナップルの甘い香りが漂い,食べてみると柔らかく甘さが口いっぱいに広がった。 24棟のハウスに約2万個のパインを栽培,,収穫時期をずらして9月まで収穫できるという。
若松造園(0997−65−1130)では宅配も受け付けている。 (広報きかい 2002,6月号)
千葉県茂原CCであった,女子プロゴルフ2002年後期統一予選会最終日の4月25日,久保樹乃プロが通算10アンダーでトップとなり,後期のほとんどのトーナメント出場権を得た。 久保プロは今期,ダイキン・オーキッド・レディース,再春館レディースで2位に入り,2年ぶりのシード権獲得を目指し好調を維持している。
(広報きかい 2002,5月号)
町転入・新任教職員(新任2人・転入32人)受け入れ式が4月12日,自然休養村管理センターで行われた。
町を代表して大畑教育委員長が「子ども一人一人に真剣に向き合って欲しい。そして地域に貢献してください」と激励。平教育長は「これまでの実績を生かして,喜界島に新風を吹き込んで欲しい」と要望した。
式に続く懇親会では,町の職員が腕をふるったヤギ料理が振る舞われた。ヤギ料理は初めてという教職員が多かったが,ヤギスープやスキヤキにおいしそうに箸をのばしていた
(広報きかい 2002,5月号)
夏の到来を告げる海開きが4月20日,中里のスギラビーチでさわやかな快晴のもと行われた。
午前9時からの神事の後,約200人の子どもたちが一斉に歓声を上げて海に飛び込んだ。また,今年初めての試みとして,アサリ百キロを放流した。スコップや手で砂を堀り,バケツいっぱい集めた家族連れもいて大好評だった
(広報きかい 2002,5月号)
米コネチカット州日米協会の上住升さんが,「広報きかい2月号」で紹介した小野津出身の故野島淳三氏(1908〜19863)の生涯を描いた紙芝居を携えて三月五日,喜界島を訪れた。
上住さんは野島氏が植えた日本の桜を紹介した紙芝居「アメリカに残したさくらの遺産〜野島淳三物語」を自身で制作,図書館で子どもたちの披露した。
(広報きかい 2002,4月号)
チビッ子の島唄に「ナッカサヤー」−−安田民謡教室が喜界園訪問
安田民謡教室(安田宝英主宰)のチビッ子唄者らが3月16日,デイサービスセンター喜界園で島唄を披露した。
園のお年寄りたちは目を細めて出迎え,チビッ子唄者らが次々に披露する島唄に「ハゲー,ナッカサヤー」とうれしそうに手拍子を添えたり,くちずさんだり,思い思いに島唄を満喫した。
また,嶺山ソノ子さんが,飛び入りで「しゅんかね節」を披露,大きな拍手を浴びた。(広報きかい 2002,4月号)
地域の人に見守られ入学式−−喜界町小野津小1人の新入生4年ぶり
喜界町立小野津小学校で八日入学式があり,入学生の新一年生を両親だけでなく地域の人々も多数出席,入学式を盛大に祝った。
同小によると,来年の入学予定者も現時点では一人だけだが「運動会や学芸会といった校内行事はほとんど,地域ぐるみで行っており,地域に根ざした学校教育を推進している。一人だけの入学式が二年続くが,地域と一体となった学校運営で活性化につなげたい」としている。(大島新聞 H14/4/9)
湾集落で飲食店「大和海」を営む傳重美さんの元にこのほど,五キロの小野津大根が持ち込まれた。持ち込まれたダイコンは,手久津久の島村武熊さんの畑で収穫したもの。小野津ダイコンの復活に取り組む傳さんは,昨年収穫した種を希望者に配布。種をいただいたお礼に島村さんが「こんなに大きな小野津ダイコンがとれました」と二本のダイコンを持参したという。
終戦後は対岸の笠利町や住用村の蒔や衣類などと物々交換されていた小野津ダイコン。名瀬市場での評価も高かったが,青首大根の普及で徐々に姿を消した。
傳さんは懐かしの味を求めて島内を探し回り,,中熊の島根野鶴さんの畑でわずかに残る小野津ダイコンをついに発見。いきさつを話し,後日種を分けてもらった。
「広報きかい」で紹介して以来,小野津小学校や友人から種を分けてほしいとの声が相次ぎ,急速に小野津ダイコン栽培が広がっているという。(広報きかい)
喜界島の古い映像や写真,島唄,八月踊りなどを後世に残すことに取り組んでいるグループYON(ヨン)が,このほど「喜界の島唄」のCDを作製,発売した。今回で2枚目のCDとなる「喜界の島唄」は,座遊び(唄遊び)とは電灯のない時代,庭先のランプの下や月夜の浜などで,唄好きの老若男女が三味線を弾き,歌っていた島唄やはやり唄のこと。
テレビなどの普及で娯楽が消え,座遊びの伝統は次第に消えていったが,グループYONは口伝えで歌い継がれた島唄を残そうと独自で活動を続けている。(広報きかい)
第18回俊寛ジョギング大会が14年3月3日,俊寛座像前を発着点に行われ,参加者は思い思いのペースで菜の花の咲く沿道を駆けぬけた。大会にはソウルオリンピック代表の荒木久美さんも参加し,町民とともにさわやかな汗を流した。
参加者は完走後,大島地区消防組合喜界分署員が準備した甘いぜんざいで疲れをいやしながらお互いの完走を喜び合った。(広報きかい)
日米結ぶ夢の架け橋−スタンフォード市ミルリバー公園の桜・・・故・野島淳三さん(小野津出身)が寄贈
アメリカはスタンフォード市の在住の上住升さんから喜界町小野津出身の故・野島淳三さんの偉功をしのぶお便りが喜界町役場に届いた。以前,南日本新聞にも掲載されたが,上住さんは野島さんの功績を多くの人に知ってほしいと,啓発活動を続けている。(広報きかい掲載ページ)
「桃太郎トマト」の出発式が1月10日,城久の習実敏さんのハウスで行われた。「桃太郎トマト」は昨年10月に襲来した台風21号の影響を受け壊滅的な被害を受けたが,その後のすばやい再定植により順調に生育。出荷は例年よりひと月遅れたが,例年並みの130トン,3千万円の売り上げを見込んでいる。(広報きかい)
喜界二世,大阪国際女子マラソンで三位に!−岡本治子さん(ノーリツ)
県地区対抗駅伝で大島チームが初優勝した当日,大阪では喜界二世の岡本治子さんが三位に入る活躍を見せた。岡本さんは手久津久出身の岡本英治さんの三女。兵庫の須磨学園では四百メートル専門だったが,実業団入りと同時に長距離を転向し,昨年は日本陸上選手権の五千メートル・一万メートルで優勝した。レース中,岡本選手のユニフォームには手久津久の朝戸神社のお守りが縫いつけてあった。英治さんの叔母・折島澄江さんが昨年の高祖祭に帰郷した際持ち帰り,治子さんに贈ったものだという。(広報きかい)
「今年の奄美スポーツ界で最高の殊勲になりそうな快挙」地元の新聞は1月27日行われた県地区対抗女子駅伝での大島チームの初優勝をそうたたえた。
レースは一区で上嘉鉄出身の前島香代さん(神村学園二年)がトップでつなぎ,最終六区で四位たすきを受けた福崎みゆきさんがトップとの25秒差を逆転,悲願の初優勝のテープを切った。前島さんの活躍に上嘉鉄東集落は2月2日「希望の星・ウミッチ チバター」と書かれた横断幕を掲げ「香代ちゃんを励ます会」を開いた(広報きかい)